次に後者。パーティーゲームとは何なのか。
前述のように、場を盛り上げたり、とりあえず出来たり、また大人数で出たりするゲーム。
確かにそうであると思う。ネットで調べてもだいたいそう出てくる。
しかし、今回のゲーム制作を通じて、1つ思い至ったことがあった。
パーティーゲームとは、ゲームの結果より過程を重視するゲームである。
過程はプレイ、結果とは勝敗である。
基本的に、勝者が決まるゲームでは全員が勝利を目的としてプレイするのが当然である。
過程は勝敗という結果のためにあり、勝つためにゲーム行う。
もちろん、その為だけにゲームをするというのは極論である。当然、プレイ感やコミュニケーション、コンポーネントの見た目や雰囲気からくる楽しさもある。
しかし、勝者を決めるゲームにおいて、勝つということは根幹であり、重要な目的である。
それがなければ、もはやゲームではない。玩具である。目的のない遊びである。
パーティーゲームはこの目的という点で基本的なゲームとは異なる。
パーティーゲームも勝者を決める。それを目指して行動もする。
しかし、結果はどうでもいいのである。
例えば、「キャットアンドチョコレート」というパーティーゲームがある。
これは、降りかかってくる難題を、手札にある道具で解決するゲームである。道具カードには、本当に道具の絵と名前しか載っていない。
それを使って解決方法をプレゼンするのである。
このゲームはとても楽しい。
しかし不思議なことに、誰が勝ったとかはあまり記憶に残らないのである。
このゲームで最も楽しいのは、プレゼンをしたり聞いたりしている時である。
勝敗での一喜一憂がそれを超えることはあまりない。
パーティーゲームにおける勝敗は、些細な指針である。
プレイヤーは、ゲームのプレイを楽しみたいのであって、勝敗を決定したいのではない。
しかし、ゲームである以上目的・勝敗は必要である。
そこで、とりあえずの勝敗判定手段を道標として設定しているだけなのである。
例えるならば以下のようになる。
パーティーゲーム以外のゲームは、「東京から京都の金閣寺に出来るだけ早く行け」みたいな感じである。
プレイヤーは色々な手段を探し、早く到着するために力を尽くす。そうして、他人に勝つことを求める。
パーティーゲームは、「東京から西に行きましょう。その中で最も楽しそうな写真撮った人の勝ちです」みたいな感じである。
勝敗を決める方法はあるが、求めているのはそれでない。道中の中で、写真をとるという行為を楽しむ。また、道中でのコミュニケーションを楽しむ。これらの方が求められている。
そのため、パーティーゲームとは、ゲームの結果より過程を重視するゲームであると考えた。
パーティーゲームにおいて、過程はゲームをする目的である。結果は目的である過程のためにある。